つけめん元祖「大勝軒」46年の歴史に幕・芸能エンタメ・政治経済・事件・スポーツ・アニメ特撮・海外情報など、とりあえずニュースを載せています。

スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

つけめん元祖「大勝軒」46年の歴史に幕


 「つけめん」発祥の店として知られる大勝軒(東京・豊島区東池袋)が20日、46年の歴史に幕を下ろした。区画整理の対象となったことが閉店の理由だが、サヨナラ営業には400人を超えるファンが殺到。伝説的人気店との別れを惜しんだ。

 店の前には徹夜組も含む長い行列。上空には報道陣のヘリが飛ぶほどの過熱ぶりだった。大勝軒「最後の客」となった網島光義さん(31)は9時間並んで「もりそば」を文字通りのラストオーダー。「最後で感激!」と鼻をすすった。

私は大勝軒には行ったことがないのですが、つけめんは何度か食べたことがあります。それだけ、大勝軒の影響が大きかったということでしょうね・・・
 オーナーの山岸一雄さん(72)は3年前から体調不良で調理場に立つことはなくなったが、この日は最後まで見届けた。長野の中学を卒業後、17歳で上京。厳しい修業を積んで考案したつけめんは、ラーメンブームにも乗り一気に全国へと広がった。

 「店員が昼時に忙しくてつゆにめんをひたして食べていたのをお客さんが見ていた。『おいしそう。オレにもくれ』と。試しに出してみたら喜ばれた」。「つけめん」と呼ばず、当時の名称「もりそば」で呼ばれる。のれん分けした店は100を超えた。

 山岸さんは今後「ふがいない」と嘆く巨人の応援に専念するが、店長の芝木俊男さん(59)が意思を受け継ぎ「東池大勝軒御箱(とういけたいしょうけんおはこ)」(仮称)を、オープンさせるという。のれんを外した芝木さんは「これでこの店は終わりますがオーナーの味をしっかり受け継いでいきます」と目を赤くした。

 ◆弟子100人輩出あまりにも大きい功績

 “つけめんの元祖”大勝軒の閉店について、新横浜ラーメン博物館広報の中野正博氏は「ラーメン界における功績はあまりに大きい」と別れを惜しんだ。

 中野氏は「かつて『夏だし、温かいラーメンじゃなくて、つけめんでも』という存在だったつけめんを、一つのジャンルに押し上げた」と大勝軒の歴史的役割を評価。「『つけめん大王』の台頭や、つけめんブームなど、ほかの要素もあるが、何より考案したという功績は別格」と話した。

 また大勝軒の山岸社長は業界で「ラーメン界のカリスマ」とされる存在という。「今の店長たちに多い50代にとって山岸さんは、優しくて“オヤジ”という人柄だった。一つの店舗から弟子100人を輩出したというのは類をみない」(中野氏)

 ライバルのラーメン店の店主からも閉店を惜しむ声が多く挙がっており、ラーメン博物館に入っている有名店の店長たちも「2月から3月にかけて、みんな大勝軒に食べにいっていました」(中野氏)という。

弟子100人とはすごいですね。
大勝軒が幕を下ろしても、歴史はある意味続いているのでしょう。

(引用:ライブドアニュース
Copyright © とりあえずニュースです All Rights Reserved.
Template Desingned by きゃんたまんの実験室
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。